その49
 君の思い出は、いつも、そこにある。


 

 本棚を眺めていたら、『伊豆の踊子』(川端康成)と目が合いました。
 高校のころに読んだ本です。

 すっかり日に焼けて、茶色くなっています。
 表紙だけではなく、本文の紙もです。
 なにしろ買ってから30年たっています。
 うっかり落っことしたりしたら、バラバラになりそうな気配です。

 以前、これよりも前に買った『中野重治詩集』をバラバラに崩してしまった苦い経験があります。
 なので、そおっと、本を開きます。

 (うわ……。)

 中身を見て、思わず苦笑してしまいます。

 線を引きながら読んでいるのですけれど、本文のほとんど全部に線が引いてあるのです。
 線を引いてないところを見つけるほうが難しい。

 高校生らしい勢いは感じますが、あまり実用的な線の引き方ではありませんね。

 傍線のほかに、鉛筆で「正」の字が書いてあります。
 読んだ回数です。
 どうやら、6回も読んだことになっています。
 
 6回も読んだのに、『伊豆の踊子』がどんなお話だったか、おぼろげにしか覚えていません。

 うん、これは、きっと、血となり肉となったんだ。
 だから、覚えてないんだ。
 ね、そうだよね。

 本に、そう、語りかけてみます。
 そして、最後に、挨拶します。

 (……ありがとう。)

 壊してしまわないようにそっと、本棚に戻します。

    *

 あなたの本棚には、どんな思い出が眠っていますか。

 (紫 麻乃)

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