その46
 いつまでも、君を見つめているよ。


 

 朝、愛犬ばろん号と散歩をしている途中、ごみ集積所の前を通りかかります。
 ごみの収集車が通り過ぎたあと、
 テレビ受像機と、自転車のバックミラーとが取り残されています。

 ばろん号に、「待て」「伏せ」を命じます。
 そして、テレビとバックミラーとを見つめます。

 

 「君の目には何が映っている?」
 テレビの背後に隠れた形のバックミラーが、テレビの背中に向かって尋ねます。

 「なんにも見えないよう」
 電気が切れたテレビには何も映りません。
 「君には何が見える?」
 逆に、テレビのほうが、バックミラーに聞きます。

 「君の背中と、その先にある建物。それから、空」
 と、バックミラーは答えます。

 「ソラ? ソラって、なんだい?」
 そうです。
 テレビは、工場で生れたあと、箱詰めにされて、
 車に揺られて運ばれてきて、そのあとも、ずっと家の中で暮らしてきたのです。
 空を知りません。

 「空はね、建物の上のほうの、輝いているところさ」
 と、バックミラーは答えます。
 バックミラーは、自転車と一緒に風を切りながら
 飛び去りゆく空をいつも眺めていたのです。

 そう言われて、電気が切れたテレビの画面にも、鈍くですが、空が映ります。
 「なんだか、見えてきたよ」

 テレビが、バックミラーに感謝しようと、後ろを振り向こうとしている気配です。
 わたくしは、思わず、軽いほうのバックミラーを
 テレビの画面の前に、ひょいと置いて、2人を対面させてみます。

    *

 「ばろん君、お待たせ」
 じっと伏せをして待っていた ばろん号に声をかけて、散歩を続けます。

 遠くに行ってしまった君を思います。
 バックミラーのように、いつまでも、君のことを、見つめていたい。

 (紫 麻乃)

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