朝、愛犬ばろん号と散歩をしている途中、ごみ集積所の前を通りかかります。
ごみの収集車が通り過ぎたあと、
テレビ受像機と、自転車のバックミラーとが取り残されています。
ばろん号に、「待て」「伏せ」を命じます。
そして、テレビとバックミラーとを見つめます。
「君の目には何が映っている?」
テレビの背後に隠れた形のバックミラーが、テレビの背中に向かって尋ねます。
「なんにも見えないよう」
電気が切れたテレビには何も映りません。
「君には何が見える?」
逆に、テレビのほうが、バックミラーに聞きます。
「君の背中と、その先にある建物。それから、空」
と、バックミラーは答えます。
「ソラ? ソラって、なんだい?」
そうです。
テレビは、工場で生れたあと、箱詰めにされて、
車に揺られて運ばれてきて、そのあとも、ずっと家の中で暮らしてきたのです。
空を知りません。
「空はね、建物の上のほうの、輝いているところさ」
と、バックミラーは答えます。
バックミラーは、自転車と一緒に風を切りながら
飛び去りゆく空をいつも眺めていたのです。
そう言われて、電気が切れたテレビの画面にも、鈍くですが、空が映ります。
「なんだか、見えてきたよ」
テレビが、バックミラーに感謝しようと、後ろを振り向こうとしている気配です。
わたくしは、思わず、軽いほうのバックミラーを
テレビの画面の前に、ひょいと置いて、2人を対面させてみます。
*
「ばろん君、お待たせ」
じっと伏せをして待っていた ばろん号に声をかけて、散歩を続けます。
遠くに行ってしまった君を思います。
バックミラーのように、いつまでも、君のことを、見つめていたい。
(紫 麻乃)
|