雨の降る日の地下鉄の駅で、君と目が合いました。
思わず目と目が合ってしまいました。
君は、黄色いコートを着て、
地下鉄の駅の壁に寄りかかって立っています。
もう、だいぶ前から、そこに立っている様子です。
列車を何台かやり過ごしているに違いありません。
問わず語りに、君は言います。
「僕の相棒が迷子です」
君は相棒と、はぐれてしまったんですね。
「まったく、どこへ行っちゃたんだろう」
君は、相棒のことを心配しています。
「おっちょこちょい、なんだから。
雨にぬれても、知らないよ」
君は、相棒思いなんですね。
それにしても、君の相棒は、どこに行ったんでしょう。
念のため、わたくしは、
君の代わりに、回りを見渡してみます。
でも、君の相棒らしい人は見当たりません。
君を、この壁に置いてけ堀にしたっきり、
あわてて列車に乗って、そのまま行ってしまったのです。
君を置いてけ堀にしたことすら、
気づいていないのかもしれません。
わたくしが乗る列車が来てしまいました。
君に、(お役に立てないでごめんなさい)と挨拶して、
急いで乗り込みます。
走り出した列車の窓から、君にもう一度、
目で挨拶を送ります。
君の姿が、窓枠から流れ去ります。
*
車窓の外が地下鉄の暗いトンネルに変わった瞬間、
君の相棒が君を探して、今の駅まで戻ってきた映像が、
一瞬、見えた気がしました。
*
わたくしは、君にまた、笑顔で会える日のことを夢見ました。
(紫 麻乃)
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